私たちはどんな存在なのでしょうか?
大抵の人は小学校で習ったように、骨格があって内蔵が配置され、神経・血管でそれらがつながって筋肉がかぶさり皮膚でおおわれた人体を思い浮かべることでしょう。物質でできており、そこに生命が宿っていると。

面白い本があります。
細胞生物学者 ブルース・リプトン著「思考のすごい力」
彼は細胞のふるまいを研究しました。
ひとつの細胞はひとりの人間と同様に知性を持ち、意思や目的をもっており、環境を通じた経験によって学習し、細胞記憶を保持・次世代に受け継ぐのです。

そしてこれまでは遺伝子が生物をコントロールしていると考えられてきましたが、彼は、遺伝子のコントロールのスイッチを入れるのは環境であることを発見しました。
ひとの脳にあたるのは、細胞膜だそうです。

ここにレセプターとエフェクターというタンパク質が存在し、知覚という反応が起こるのです。レセプターが刺激を受け取り、エフェクターが反応を起こさせる。
このレセプターは、物質分子のみでなく光や音、ラジオ波など振動エネルギー波をも受け取るのです。つまり思考やその他、目に見えない力にも影響されます。

そして彼の頭に細胞膜はコンピューターチップと同じ!という考えが閃いたとき、彼は永遠の生命が肉体に降りてくるのだと信じる科学者になったのでした。

個人個人に同一性(あなたは花子、君は太郎というように)を与えるのはレセプターではなく、レセプターを活性化するものなのです。細胞固有の同一性レセプターは細胞膜の外表面にあってアンテナのように作用し、環境(=あるもの全て・神)からのシグナルをダウンロードする。この同一性レセプターが”読み取る”のは「自己」のシグナルですが、それは細胞内にあるのではなく、外部の環境からやってくるのです。

つまり人体はテレビという機械のようなもの。ブラウン管に映るのは環境からの放送であり、テレビが壊れても私という「自己」は存在している。そのように私の体が死んだとしても、将来まったく同じレセプターを持った新しい個人が生まれれば、その体が私をダウンロードし、私は再び世界に存在するようになる というのです。

これを知ったとき、リプトンさんはどうしても今すぐ誰かに話したくて大学の図書館に乱入し、1年生らしき学生をつかまえて専門用語でまくし立ててしまい、「リプトン先生、大丈夫ですか・・?」と言われたというだけある発見だと思いませんか?

宇宙=神なのだから私たちは神の一部なのだと、また私たち全てが神の一部だとするなら、私たちは全てひとつの存在なのだから差別などバカらしいことなのだと述べられています。科学が神を見つけているのです。
この事実を、学校で子供たちに教えて欲しいものですね。