陽ざしは強く、ざーっと気持ちの良い風が吹き渡る。緑に茂った枝を揺らし、木の葉を裏返して風は走ってゆく。植えられてまだ丈の短い稲をなで、笑いながら山を駆けあがる。

こんな日は風にあたって顔を上げれば、鳶のように飛んでいけそうです。
昔の茅ヶ崎に。広大な松林があり、海からの風に鳴って松風の音がするふるさとに。
広いニセアカシアの林もあって、6月には乳白色の房の花が咲き、甘い香りがいっぱいに漂います。ブーンと重い羽音をたてて、太ったクマンバチがたくさん訪れていました。

駅を降りれば潮の香りがしたのです。
広い小学校の校庭はぶつかってしまうほどのトンボの群れで満ちていました。歩いていくと、ちゃあんと通れるんですけどね。モンシロチョウも庭に山ほど来ていました。キャベツは植わっていなかったけれど。

今の木は丈や枝を切られて風前のともしびのようですが、あの頃の風に鳴る松林は大きく暗く、子どもにはこわいような神秘的な場所でした。そこを走って抜けると、広大な水田が広がり、夕方になると遙か遠くに東海道線を走る電車の明かりが、緑の水田の中をネックレスのようにキラキラ光りながら動いて行きました。

その田んぼからの蛙の声は、六道の辻近くの魚市場まで盛大に聞こえていたものです。
多くの命と美しいものに満ちていたふるさとは、どこへいってしまったのでしょう。
今日のような風が吹くと、いつも私はそこへ帰れそうな気がするのです。