日常の事々に振り回されているといつも忘れてしまうことですが、大切なのは自由であること、心が平和で安心のなかに在ることなのだと思いかえします。それはこの世界の枠組みの中での自由にとどまらず、その低い基準に降りて勝負しないことにあるのかもしれません。

この世の自由にはお金が要ります。体力や権力もあるに越したことはありません。
けれども基準をこの世に置かず、本来の私たちが属しているこの宇宙の在り方(ひいてはそれを体現している自然)に置くならば、傷つくこともなく負けることもなく、思いは深い平和と安心の中にとどまれるでしょう。

先日紹介したヴィクトル・シャウベルガーが自然の水を観察することによって見つけ出した、自然における進化の至上原理はとても興味深いものでした。

現在の文明が使う機械的・技術的な動きのシステムから生まれるものは、ほとんどが熱と摩擦を生じる遠心性(内側から円を描いて外へ向かう爆発のような力)のもので、生き物には病を、構造には破壊をもたらす、劣化したエネルギーを生みだすもの。自分たちをも含めた生態系に悪影響を与えるものなのです。

自然の中に存在する動きは外側から内側に向かって速度を上げ、温度を下げ、密度を高め、構造化し、より高い質と複雑なシステムが創発するよう促すという全く反対のものなのでした。ヴィクトルはこの自然に織り込まれている動きを再現することこそが、人類にとって必要な未来の方法だと考えました。
1885〜1958年という年代の中に、このような人が居たということに驚きました。