人は目に見えることしか考えません。野菜を作るのに昔は化学肥料など使いませんでした。除草剤もありません。それでも作っていたのです。今は米を作るのも化学肥料と除草剤、農薬まで撒きます。使わなければできないと考えています。

農協に宣伝され、盲目的に従って、そういうものだと決めているのは何故でしょう。楽だからでしょうか?人工的に何でもできるようになったと、化学を信じているのでしょうか。

薬品は土壌中の虫や微生物を殺し、それらの働きで豊かな状態だった土をかさかさにしてしまい、化学肥料成分がかろうじて形をつくります。一見大きくて良い作物は香り・味なく、すじが固く、ナメクジやヨトウムシがそれを片付けようとやってくるのです。

肉にしても同じです。豚でも牛でも鶏でも、広い土地を歩き回り、日を浴びて草や虫を食べたものがどれ程いるでしょう?狭いところに押し込められ、気が狂いそうになりながら生きて食べねばならなかった動物の肉や卵や乳。それらは健康な生き生きとしたエネルギーを持ちません。味も風味も薄く、狂気すら含むかもしれません。

そういうものが持つ負のエネルギーは目に見えず、私たちには物の形しかわからないので平気でいるのです。人が考えるのは、いかに安くそれをつくり、もうけを増やすか。
本当に大切なことは何でしょうか?

感謝して受け取れる豊かなエネルギーをもった食品であること。であれば、動物も幸せを味わって生きたものであることが必要でしょう。果樹や野菜もしかり。効率を追うのはやめましょう。命あるものは、物ではありません。そしてどう生きたかによって、含んでいるエネルギーも違うのです。