都会では夏に、大きく枝を伸ばし葉を茂らせて日陰をつくっている街路樹を切っていました。??! 秋に落ち葉を掃除する手間を省きたいからでしょうか。こんな馬鹿なことを・・と悲しく思いながら伊豆に帰ってきたら、何とここでもすでに伸びた枝をぶっつり落としてありました。

昔の日本人はこのようなことをしなかったはずです。今は何でも効率。手間を省き、お金をかけず。では何のために木を植えてあるのでしょうね。無駄な枝を落とすのではなく、チェーンソーを横にふるってぶった切ったような姿はあまりにひどく、胸が痛みます。

すると何ですか、自然の草木が全くなくなった状態が、人の住む町の理想ですか?
コンクリートやアスファルトやレンガで埃のたつ土を閉じ込め、草が生えぬよう物を敷き詰め、落ち葉がでないよう木も幹だけに縮めてしまう。除草剤で枯れた茶色は、豊かに草の茂った状態よりきれいだという感覚。狂ってませんか?

自分達はこの自然の一部なのですよ!知らないでいるだけで、私たちは月や太陽の影響を強く受けながら生きている。この地球の自然は宇宙の一部であって、私たちも含めた全てが宇宙と密接な関わりをもち、その呼吸に呼応して生きているのです。木の種類によって木星の影響をうけるもの、金星とつながりをもつものというように。

私たちは何者でしょう。もっと謙虚な気持ちで感謝をもって自然の中の存在全てに向かい合わねば、自分の首を絞め、自分を切り刻み、自分を窒息させようとしているのと同じことだと、どうか気づいてほしいのです。与えられているかけがえのないものを、積み木を倒す子どものように無造作に壊してゆくのを見ているのはとても辛いのです。