私はこれまでに沢山の人に助けられてきたので、誰かの役に立つことをしたいと思っています。けれどそれは難しいことなのかもしれません。エゴというものは絶えず私たちをコントロールしようとしますから、自分の判断で誰かに何かをしてやろうという行動になりかねません。

あの可愛い野鳥のように、無心に生きているその有様がひとを励まし、喜ばせているような状態。そんなふうになれたら良いのでしょうね。(本人はそんなこと思ってもみないでしょうから)

ひとは誰でもがそれぞれ別の宇宙をもっています。それを自分の判断で良し悪しを言ったり、気の毒に思ったり、批判したりはできません。自分の物差しでは他人の世界の価値を測れないのです。

自分は何もしなくてもあるがままで、母親のお腹のなかで成長し、これまでの人生は導かれ、なるべくして道はつくられてきました。自分の内なる声に耳をかたむけ、源とつながっていること。静かで平和な状態でいることができれば、その道から外れることはないのかもしれません。

むしろそうしていることで、源は私という存在を通して働くことができ、私は役に立てるのでしょう。多分大切なのは恐れやエゴの判断に固執することなく、「ゆだねる」という姿勢なのだと思います。

どんな状況のなかにあっても、そこにいれば静かで喜びを感じていられる。そして結局は良いことしか起こらないという信じられないようなことも納得できるのです。驚きと喜びと感謝があります。