流奈くんの本は寒くて暗い冬の日に、なんだかぽっと暖かいもの、あるいは光るものに出会ったような気持ちにしてくれました。毎日をただ生きて送るというのも大変な体にあって、家族の愛に育まれ、フツウの人がなかなか気づけないようなことに気づき、話してくれる彼の文には、優しさと愛と茶目っ気があります。

彼は楽しむために生まれてきたと感じています。だから人には夢を実現する力が備わっていることは間違いないと。また、私たちはよく大きくなったら何になりたい(野球の選手・政治家・金持ち等々)と言いますが、なりたいというものはない。今は脳障害児をやっているが、その他の何になるにしても私はつねに「私」でいたいと言っています。

ひとは皆、それぞれ違うもの。その違いがあるから思い込みでひとを判断してはいけない。高いお空から見れば、その人にはこういう理由があってこう言っているという状況が見える。言葉は誰かを蹴落としたり、評価したり、自分の思いどおりに動かすためではなく、自分の思いを伝えるためにある。

心を伝え、相手の心を聞くためだけに言葉があるというのは素敵なことだと思います。そこに共鳴・共感によるつながりが生まれていきます。

こんなふうに生きている存在があると感じるだけで、心強いものがあります。
これを親のやらせだと批判する人々がいるようですが、書かれたものを読んでみれば親のでっちあげでは書けないと感じられることでしょう。