見えるものに左右されずに自分の内を知る。これは慣れないと難しいかもしれません。
私たちは日常生活で、あの人にはこうしてもらったから何かお礼をしなければとか、あんなことをされているんだからこうして当然とか、その価値を計って対応を考えています。それをやり慣れていると、外側のことがどうあれ「自分の内に本当にあるものは何なのか」に思いが及びません。

また、外側から期待されたり要求されることに、無理してでも自分を合わせようとする。これも小さい頃からやってきていることです。外側があまりに大きくて自分は小さく感じられ、合わせようと努力し続けるうちに、自分を尊重した方が良いことに気づけず何を望んでいるのかもわからなくなってしまう。

怖がらずにそれらを捨て、自分の内を深く見つめることをしてみましょう。外側から強制されることはありません。すべては私たちの内側で起こっているのです。大切なのは私たちがそれに気づくこと。自分の本当の思いに気づくことなのです。

親・兄弟に愛されていない対応をされても、自分の心の奥にあるのは愛ではありませんか? 誰でもそうなる理由があってその行動をとっています。その理由が自分に知らされたら、許さずにはいられないものがきっとあります。

その人ごとに独特のやり方でこの世界に貢献できる能力があります。私たちはどんな存在も尊重すべきですし、尊重されるべきなのです。傲慢にならず、卑屈にならず、自分の本当の思いを見つけること。何かに固執することなく結果は源にゆだねて進めば、楽な姿勢できっと発見できるでしょう。

冷たく希望の無いように感じられる冬の中から、柔らかく力強く光に満ちて春が生まれてくるように、私たちのなかに確固としてある愛を。