これまでも、私たちはそれぞれ皆違い・・と話はしてきましたが、なんだか突然、とても強烈にその「あまりの違い」というのを感じ、皆がそうなら自分もどう生きてみようとその中のひとつの色なのだと、まるで新しいことを発見したように感じました。

私の人生に関わっている(あるいはやって来た)人を考えると、誰もかれもが変わっています。家族に起こった不幸を見つめ続け、お金を貯めることに生涯をかけても豊かさを味わうことなく終わった父とか、大きな潜在意識の枷により自分を頼らない人生を歩くことを徹底している母とか。

どう説明しても私の言うことを受けとっていないとしか思えない言動の人もいます。人の上に立つ立場のひとで。つまりそれで良いわけね。ふうん・・と知っている様々なひとを思い浮かべていて、はっと思いました。

皆、とても風変わりな考えやら枷やらを身につけ、わざわざゆがんで見える眼鏡をかけ、手足を動かせないよう重りをつけたような有様で歩くのは、この人生で何を学ぼうとしているか、何を達成しようとしているか、そしてまた誰かの成長を助けるためであったりするのかもしれない と。

そう感じたら、とても自由な気持ちになったのです。どう生きても間違いではないし、こうありたいと思う私で良いわけですから。変わっていてもOKなわけです。その観点から見ると、どんなひとも愛おしい存在に感じられます。
エゴは捨て、ものごとはゆだねて、宇宙の導管として楽々と生きる。やってみましょう。