雨が続き、様々な色合いの緑が塗れて光っている様子を眺めながら暮らしています。ひとは自分達の世界だと思い、所有の意識で土地を区切り、そこに生えるもの実るものについても誰のもの という所有権を使います。

けれどその間をぬって生きている動物たちや爬虫類、昆虫たちや微生物にはどんな意味があるでしょう。本来ひとも、その中のひとつの種であるに過ぎないという大切な観点からすれば、その自分のもの意識は、なんとも可笑しなものです。その中のひとつの種が、他の全ての種によって自分の生命が支えられているにもかかわらず、勝手に実りを独り占めしたり、毒を撒いたり。

その幼児のような無知からくる無謀によって、他の種は、どんどん苦境に立たされ死んでゆくのを余儀なくされています。やがてほとんどの種が姿を消したとき、お山の大将も生きられないのを悟るでしょう。

本当はこの世界に現れているすべてのものの思いや記憶も、私たちの中にあるはずなのです。聴こうとさえすれば。私たちは、全てのものの一部なのですから。聴いてください。山の声、海の声、鹿の声、猪・ハクビシン・イタチ・小鳥・蜂・蛇・トカゲ・蟻・蚊・ハエ・バッタ・木々・雑草・・・そして何よりもこの地球、母なる大地の声を。

自分がそのものになって、現状を語る声をきいたなら、あなたの内側に何が届くでしょう。あなたは何を感じるでしょうか?